シンガーソングライターとして、役者として、司会者として、日本でアーティストとしての仕事を存分に果たし、2008年にはジャズスクールに通うべく渡米、自らの人生を大きく変えた大江千里さん。現在はジャズピアニストとして世界を駆け巡る大江さんはnoteで「大江屋レシピ」という連載をもつほどの料理好き。食と生き方がしっかり寄り添っている彼に、SEE THE SUNはどう映るのでしょうか。
大江さんが運営するnote:https://note.mu/senrigarden
NYが教えてくれた「食」のありかた
NYに在住して10年、大江さんは自身の食生活を振り返って「随分変わった」と感じています。
「以前は知らなかった食の選択肢が広がりました。ここ7年半ほど住んでいるブルックリンにはユダヤの戒律の厳しいヒーグル、メキシコ、コロンビア、プエルトリコ、イタリア、イスラエル、インド、中国、モロッコなど様々な文化を持った人たちが住んでいます。それぞれの料理を試し、今ではメキシコのモレ、モロッコのスープ、イスラエルのハマス、ピタ、などの料理をわりによく食べるようになりました。舌触りが滑らかで野菜たっぷり。味が単一じゃないので食べやすく和食のようなどこか「ホッとする感じ」に和むのです。」
天然塩、素材そのものの味。自然な味わいに慣れると、自分の体も変化してきたと言います。
「最近は家でも良く作りますよ。外で食べた記憶を思い出しながらチャレンジしています。」
「大江屋レシピ」には、料理研究家でもちょっと思いつかないようなアイデアのある料理が登場します。すいかのパスタなど、いつか食べたレストランでの美味を再現するものから、ケールを蒸し焼きにするなど、野菜の美味しい食べ方もたくさん。究極のグリテンフリー料理は、小麦粉を使わないキャベツと卵のお好み焼きもあります。体調に耳をそばだてながら、美味しいものを楽しむ大江さんの生活ぶりが伝わってきます。
プチ断食が変えてくれた、生きるペース
NYでは、様々な考えをもつ多国籍な人たちとの出会いも楽しみのひとつ。
そんななかで大江さんは、昨年から定期的な断食を試みています。
「満月と新月にプチ断食をしてみない?と、友人に勧められて、面白そうだな、と興味本位で始めました。当初は自分が24時間断食ができるなんて想像もつかなかったのですが、なんとかやれました。2017年の1年間をグロスで計算すると、ほぼ1ヶ月断食した事になります。」
さて、その結果は。
「断食後の体調はすこぶる良好です。満月は満ちていくエネルギーをイメージ、新月はその逆で放出して行く、手放すイメージですね。ダイエットではなく、クレンジングです。酒を抜いて、食べ物を抜く。体がリセットされるので心も体も軽くなりオープンになります。僕のようにワインや美味しい料理が好きな人はたまにこうやって体を完全にリセット、禁酒禁美食の日があると違います。食べないことも食べること以上にエネルギーを費やすので、そういう時間のレイアウトも新たなイメージトレーニングです。」
実際、体重も落ちた様子。
「体重は落ちましたね。それと、舌が敏感になります。物事に焦らなくなります。自分ができることを一個ずつしかやれないっていう諦念にも似た感情が芽生え、ゆっくりと少しずつ事を始められる感じになります。体のどこかに気になる場所があるから気が焦る。そんな心配が少しずつ減って断食後、神経が研ぎ澄まされる。この年齢になると自ら変化することがなかなかないじゃないですか?僕にとって断食は“変化へのプチ道場”になってるんじゃないかな。“多くを全方位で望むスタンス”から“やりたい事を一個ずつじっくり”なスタンスへと変わっていった気がします。」
無理をしない。幸福感のあるSustainabilityを目指すために
NYは日本に比べ、オーガニックの食材も豊富。オーガニック専門のスーパーマーケットも珍しくありません。大江さんの住むブルックリンは感度の高いカフェレストランも多く、ヴィーガンのメニューも珍しくありません。
リアルなブルックリンの人々の食生活の最前線を伺いました。
「僕の住んでいるブルックリンでは地産地消、Sustainabilityといった思想を実行してる人が沢山います。
僕自身は、結局食べたいものをハッピーに適度に食べるのがいいのじゃないのかなあと思います。ブルックリンじゃ決して肥沃じゃない土地でどうやったら美味しい野菜を作れるのか?を常にみんなが考えています。ビルの屋上やアパートの中庭で自然法にこだわり工夫し野菜を作り、それを自分たちでスーパーに卸したりして「地元コネクション」で「人から人へ」回しています。」
大江さんも自宅ベランダで、オメガ3の宝庫と言われるハーブ、スペリヒユなどを育てているそう。最新の情報を得てそれを面白がりながら具現化する行動力は、この地では賞賛されるべきもの。
「若者たちが環境を考え、昔ドロドロだった運河を長年努力して、綺麗にしたという例もあります。食べる事、環境、健康、アート、全てが日常の中で関わり合って回っているのです。」
食への向き合い方も、生きるすべてのなかの一環。
「オーガニックな食材は高いと思われがちですが、大量に作られるようになり値段も下がって来ました。それにオーガニックじゃない普通の野菜や果物も旬だとものすごく美味しいものがある。だから自分のアンテナを研ぎ澄ましてその場で「いいな」とおもうものを直感で買います。それが楽しいんですね。僕はしょっちゅう、歩きます。1日合計1万歩くらい。ゆっくり考え事したり、近所の人に挨拶したり。“無理をしない”が、今、1日の基本です。」
無理をしないから、続けることができる。究極の目的は健やかな幸せにあるから。大江さんは今、そんなシンプルな生き方にたどり着いているのです。
意識が高い人たちほど、肩に力が入っていない
日本では何か新しいことを始めるとき、こだわりすぎたり、外からの目や反論を気にしたり、何かと肩に力が入りがち。でも、NYでは「自分がやりたいこと」をそれぞれがやっているように見えます。その違いは、どこにあるのでしょう。
「そうですね。みんなそれぞれ『自分は自分』『他人にも寛容』です。やり方は星の数ほどあるので、お互いに認め合い、気楽に楽しく、「いい加減」にやっています。マイバッグを持参する人もいるし持参しない人もいる。それぞれが自由。あとよく『助け合い』ますね。人が人に普段の生活の中で手を貸したりというようなシンプルな行為をごくごく普通にやっている。これはNYに暮らしていて、もっともいいなあと思うことの一つです。」
「食」は人にとっての基本。人の数だけ「食」がある
大江さんはNYに暮らし、より人間の「食」の深さと多様さを感じているようです。そして、日本人であることの意味も。
「“食”は人にとって基本であり、楽しみであり、コミュニケーションであり、生きる源です。だからこそ食への気持ちは素直に、本当に食べたいものを食べ、直感を信じ、好奇心旺盛にトライし、食そのものを全身全霊で楽しむことが大事だと思います。NYの人たちはあまり流行りや他人がどうするかということに惑わされません。人の数だけ“食”があるんです。友人の住むアパートに行くとインドの香辛料の香りがフワンって広がってお腹がすきます。感謝祭になるとターキーにかけるグレービーソースの香りがアパートの階下から漂ってきます。ああ、多民族多人種。だからこそ、自分は日本人であることを痛感できるしそれを誇りをして、この多民族の中で自分にしかないやり方で音楽を奏でようと思う、それが今の僕の毎日の始まりなんです。」
大江さんによるレシピ紹介
取材・文:森 綾
【大江千里さんジャパンツアー情報】
デビュー35周年記念アルバム『Boys & Girls』がオリコンのジャズ・クラシックチャートで初登場1位を獲得し、10月に行われた35周年 アニバーサリー ピアノコンサートの大盛況も記憶に新しい大江千里が2019年1月に待望のツアーで来日することが決定しました。「Boys & Girls , again -January-」と題された今回のツアーは2019年1月19日(土)の名古屋からスタートし、その後、福岡、仙台、東京、大阪と巡る5都市6公演となる予定です。
詳しくはこちら:大江千里オフィシャルインフォメーション